2008年01月21日

おいしい関係のブルース

料理を絵画や音楽に例えるというのはよくある話だ。

じゃ逆に音楽、それも楽器の演奏を料理に例えるというのはアリかな?と思うままに書き連ねてみた。

とっくにどこかで誰かが言ってそうな話ではあるけれど、音楽はとても料理に似通ったところが多いと思う。


プレイヤーという料理人がいて楽器という素材がある。楽器はプレイヤーという存在によってはじめて音楽を生み出す。ひとつの素材が料理人や調理法によってありとあらゆる料理へと変化するのと同じく、楽器もプレイヤーの奏法によって多種多様な音楽を生み出す。和食ありフレンチありイタリアンあり中華ありジャンクフードありである。切ったり焼いたり炒めたり煮たり蒸したりしたものを盛り付けて料理は完成する。楽器の奏法だってそれと同じくらい色んなものがある。

エレクトリック楽器のエフェクターはさしずめ調味料かな?思い切り使って豪快に仕上げるものもあればちょっとした匙加減で大きく様相が変わるものもある。何をどういう配合で使うかは料理人であるプレイヤーが作ろうとしているものによるだろうし、イメージ通りに仕上がれば大いなる満足感を生み出す。

ベースの味がしっかりしていればあとは料理人の感覚に委ねられて味が決定するのと同じく、音色もそういう風に考えていけばいいんじゃないかな?と僕はある時から考えるようになった。若い頃は色んなエフェクターを試し、ごちゃごちゃとこってりした音色を好んで使っていた。時代がそうさせたというのももちろんあると思う。結局、どんなにエフェクターでごまかしても元の演奏のマズさは変わらないわけで、生音がしっかりしていないと音のよさが生きてこないと気づくのはまだ後になってからだった。

結局はいい音を出そうとすればプレイヤーの技量にかかってくるというのが後々まで嫌というほど思い知らされてきた。よく引き合いに出すが身近なところで、うちの兄貴などはあちこちのバンドから誘われプロデビュー目前までいったくらいの人間(あくまで本人・談、笑)なのだが、この人の手にかかるとどんなにショボイギターでも同じ楽器とは思えないくらいに見事な音色で弾きこなす。それを支えていたのが圧倒的な練習量なのは言うまでもないが・・・。

もうひとつ大事なのがイメージで、自分が何を作りたいか、はっきり知っていることだ。当然だが自分が知らないもの、イメージできないものは表現することは出来ない。前もってイメージが完成している場合もあるだろうし、作っているうちにイメージが固まってくる場合もあるかも知れない。知っているものならそこに再現することも可能だが全く知らないものは再現のしようがない。だから色んな経験を積み、それを再現できる技術や能力を養うのが上達の早道なんだろうな。

何のことは無い、突き詰めていけば頑張ってコピーをやっていくのが一番だということに行き当たるわけで、やっぱり原点回帰するしかなさそうだ(汗)。実際に上手い人ほど一生懸命コピーをやってきている。

さて、悪い癖を矯正しながらぼちぼちやっていこうかな。まだまだ楽しめそうだ♪

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posted by 地味・・・偏 at 02:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ギター奏法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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